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2018年1月14日日曜日

TSONTS-23 高山善行(2005)を何故批判するのか(3) モダリティ

Q3. 高山善行(2005)はモダリティ論の立場なのですか。
A3. 従来の方法との違いが感じられません。

高山善行(2005)の「はじめに」から引用します。

助動詞「む」は連体用法で《仮定》《婉曲》を表すと言われ, 古典文法では, 「仮定婉曲用法」の名で知られている。しかし実際には, この用法での「む」の性質はよくわかっていない点が多い。本稿では, この問題をモダリティ論の視点から捉え直す。そして, 連体用法での「む」の機能を明らかにすることを目標とする。

中古語の「む」の連体用法は「仮定」「婉曲」の意味を持つと言われています。それを「モダリティ」論の立場から捉え直すというのですが、モダリティの特長を利用した解析を行なっているようには見えません。高山善行(2016)の注3に「本稿での「モダリティ」は「モダリティ形式」を指す。「推量の助動詞」と読み替えても構わない。」とあります。高山善行氏はこのブログの存在を知っています。恐らく読んでいるはずです。違いをコメントしてくれると助かります。

高山善行氏から訂正が入ることを前提に書きますが、高山氏はFrank Palmerの言う意味のmoodやmodalityを理解していないようです。定義が違うというのでありません。Palmerの著書を読んだが理解していないという意味です。なぜそう考えたかを順を追って説明します。高山善行(2014)に次の記述があります。

メリ、終止ナリはそれぞれ、(視覚、聴覚で得た情報をもとにした判断)という意味特徴をもち、「証拠性」(evidentiality)の形式とされる。「証拠性」とは、その事態に関する情報の出所(視覚・聴覚、伝聞など)に基づいた判断を表し、他言語(ホピ語など)においても見られる(Palmer (2001: 8)ではモダリティの一種とされている)。

高山善行氏はevidentialityをmodalityと必ずしも考えていないようです。萬葉学会の査読を思い出してください。閑話休題。Evidentialityにかんして私はFrank Palmer(2001)ともう一冊を読んだだけですが、どちらの本にもHopi語の例はありませんでした。高山善行(2002)の参考文献の中にFrank Palmer(1979)を飯島周氏が訳した『英語の法助動詞』がありました。そこから引用します。

言語によっては,文法的な時制の体系(temporal systems)を持たず,’文法化された’法的な区別(’grammaticalized’ modal distinctions)を持つ(Lyons 1977: 816)ものがあることも重要である.たとえばアメリカインディアンのホピ語(Hopi)には(Whorf 1956 :57-64,207-19), 3種の’時制’があるが,これはLyons(1968: 311)によれば’法(moods)’として記述するほうが適切である.第1は一般的な真実の陳述,第2は知られている,または知られていると思われる出来事についての報告,第3はまだ不確定の範囲にある事件に関するものである.第2と第3は,非法(non-modal)および法(modal)として対照的に見えるが,第2は過去時の事件, 第3は未来の事件を一般に示す.この言語での時の指示は本質的に法性の指示に由来する.

第二版のFrank Palmer(1990)の当該箇所と照合しましたが、特に問題のある翻訳ではありません。高山氏はこの記述からHopi語のmodal pastをevidentialityと判断したようです。しかし、それは高山氏がmoodの意味を理解していないからです。英語のmoodは印欧語の特長を薄めてはいますが、直説法(indicative)、仮定法(subjunctive)、命令法(imperative)が残っています。直説法は現実にあったこと、今起こっていることを表します。仮定法と命令法は非現実を表します。それを法的(modal)と言います。直説法は現実を表わすので非法的(non-modal)です。Moodとは非現実を表わす表現法です。高山氏はmoodの現実対非現実の対立をevidentialityと取り違えています。

高山善行(2005)は「む」が連体修飾語となるときの意味として「非現実」をあげていますが、もしも「む」がmodalityを表わすのであれば、それは当然のことです。Modalityは非現実を表わす形式(irrealis)を用いた表現法です。モダリティ論と言いながら、moodやmodalityの本質的な意味について理解していません。結局、高山氏のモダリティ形式は推量の助動詞の言い替えであり、モダリティ論は推量の助動詞をモダリティ形式と言い替えて行なう議論です。これではてれすこ(telescope)とすてれんきょう(天体望遠鏡)の違いでしかありません。

さらに、以上のことから、高山善行氏は少なくとも高山善行(2014)を書いた時点でFrank Palmer(2001)を読んでいないこともわかります。本の中には多数のevidentialityの例が出てきます。あの言語とこの言語が何度も参照されています。十ページも読めば嫌でも覚えますから、わざわざ関係のないHopi語を例にあげません。

いつものおまじないを書いておきます。こういう常識をわざわざ書かなくていけないのも情けなくはあります。

「公表された作品については、みる人ぜんぶが自由に批評する権利をもつ。どんなにこきおろされても、さまたげることはできないんだ。それがいやなら、だれにもみせないことだ。」

藤本弘(藤子・F・不二雄)氏の「エスパー魔美」からの引用である。「法華狼の日記」さんのサイトに詳細な解説とそれに対する読者の反論と議論がある。セリフに漢字が少ないことから窺えるように、この漫画は小中学生を読者と想定したものである。自分の論文が批判されて怒っていたら理系の研究者はやっていられない。相互批判は学問の共同体の当然の権利であり、それが学問を発展させるのである。この当然すぎる常識を萬葉学者たちが受け入れてくれることを祈る。

※ このブログの記事のことは萬葉学会にメールして以下の伝言を高山善行氏に伝えるようお願いしました。宛先には萬葉学会編集委員長の関西大学の乾善彦氏も入れてあります。ですから必ず伝わっていることと思います。伝言の部分を再掲します。


高山善行殿

高山善行(2005) 「助動詞「む」の連体用法について」 『日本語の研究』  1(4), 1-15, 2005の問題点を次の記事で論じています。

高山善行(2005)の問題点(1) 演繹でない推論
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-2.html

高山善行(2005)の問題点(2) データの整理が不適切である
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-3-20052.html

高山善行(2005)の問題点(1再) 演繹でない推論(つづき)
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-4-20051.html

高山善行(2005)の問題点(3) モダリティの理解不足
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-5-20053.html

高山善行(2005)の問題点(4) 主観と客観の混交
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-6-20054.html

今後も継続する予定です。上記記事並びにその継続記事に対して意見があればコメントまたはメールにて連絡をお願いします。



参考文献
山田孝雄(1908)『日本文法論』(宝文館)
山田孝雄(1936)『日本文法概論』(宝文館)
Reichenbach, Hans (1951) The Rise of Scientific Philosophy.
Popper, Karl (1959) The Logic of Scientific Discovery.
Popper, Karl (1972) Objective Knowledge: An Evolutionary Approach.
野崎昭弘(1980)『逆接の論理学』(中公新書)
北原保雄(1984)『文法的に考える』(大修館書店)
和田明美(1994)『古代日本語の助動詞の研究ー「む」の系統を中心とするー』(風間書房)
Palmer, Frank R. (1979) Modality and the English Modals.  飯島周訳『英語の法助動詞』(桐原書店)
Palmer, Frank R. (1990) Modality and the English Modals. 2nd ed.
村上陽一郎(1994)『科学者とは何か』(新潮社)
Palmer, Frank R. (2001) Mood and Modality, 2nd Edition.
高山善行(2002)『日本語モダリティの史的研究』(ひつじ書房)
安田尚道(2003) 「石塚龍麿と橋本進吉--上代特殊仮名遣の研究史を再検討する」 『国語学』 54(2), p1-14, 2003-04-01
山本淳(2003)「仮定・婉曲とされる古典語推量辞「む」の連体形」 山形県立米沢女子短期大学紀要 38, 47-62, 2003-06-30
高山善行(2005)「助動詞「む」の連体用法について」 『日本語の研究』  1(4), p1-15, 2005
Priest, Graham (2008) An Introduction to Non-Classical Logic, Oxford University Press.
Portner, Paul (2009) Modality (Oxford Surveys in Semantics and Pragmatics), Oxford University Press.
Cruse, Alan (2011) Meaning in Language: An Introduction to Semantics and Pragmatics (Oxford Textbooks in Linguistics) Oxford University Press. 
高山善行(2011)「述部の構造」 金水敏ら(2011)『文法史』 (岩波書店)の第2章
高山善行(2014)「古代語のモダリティ」 澤田治美編(2014)『モダリティ 1』 (ひつじ書房)に収録
高山善行(2016)「中古語における疑問文とモダリティ形式の関係」 『国語と国文学』 第93巻5号 p29-41

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