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2018年1月12日金曜日

TSONTS-22 高山善行(2005)を何故批判するのか(2) 演繹

Q2. 高山善行(2005)は演繹に基いていないのですか。
A2. いません。間違いは二つあります。「しない」と「できない」を混同している点と「できない」の理由が内部なのか外部なのかを区別していない点です。

まず「しない」と「できない」の違いを述べます。高山善行(2005)は「用言+む+人」の表現を源氏物語、枕草子、蜻蛉日記から127例採取し、時間、場所の表現に対して共起制限(co-occurrence restriction)があるから、「時空の座標軸上に「人」を位置づけることができない」と書いています。

同論文の4.1節から引用します。

時間・場所表現との共起, テンス形式の生起に制約がある。そのため, 時空の座標軸上に「人」を位置づけることができない。また, 存在詞, アスペクト形式の生起, 人の数量にも制約が見られた。そのため, 現実世界に実在する「人」のく存在〉〈動きの様態〉〈数量〉について描写することができない。なお, ここでの「現実世界」とは, 「作者が作品中において現実のものとして表現する世界」のことであり, いわゆる「史実」とは異なる。

先日図書館の席にいたら一つ置いて隣に座っていた人が長々と放屁しました。すぐに立つのはあてつけがましいので、少し間を置いてから、予定の行動のように席を立ちましたが、おかげで次の例を思い付きました。「光源氏は放屁できない」です。

源氏物語から光源氏の動作に関する表現をすべて抜き出します。これは127例なんてものではないでしょう。数万はあるんじゃないでしょうか。12700例と仮定しましょう。その中に放屁を意味する表現があるかです。私は源氏物語を通読したことがありません。そのような表現がなかったと仮定しましょう。

源氏物語から光源氏の動作に関する表現を12700例抜き出したが、放屁と共起する例は一つもなかった。したがって光源氏は放屁できない。これが高山善行(2005)流の解釈です。人間である以上しないということはありません。したという表現がなかったからと言ってできないとは言い切れません。

以上が「しない」と「できない」の違いです。Alan Cruse(2011)を参考にしました。高山善行(2005)は「共起しなかった(しにくかった)」という観察結果から「表現できない」という一般法則を帰納しています。帰納するには例が少なすぎます。127例あるじゃないかという人はHempelのカラスのパラドックスを参照してください。Wikipediaなどよりも野崎昭弘(1980)の説明がわかりやすく正確だと思います。

次は「できない」の原因が内部か外部かの違いです。火星人が地球に来て動物園を観察したとします。火星人の目は人間とほぼ同じですが、檻だけが見えないとします。火星人はたくさんの動物園のライオンの檻を何度も観測して、ライオンは園内の特定の領域から外へ出られないと帰納的に結論しました。間違いありません。檻があるのですから。しかし火星人の目に檻は見えません。

その後特殊な観測装置を使い、ライオンがそこから出れらない特定の領域を取り囲むように鉄製の柵が設置されているのを発見しました。火星人の科学者のある者は次のように考察しました。ライオンは特定の領域から外へ出ることができない。従って当該の領域の内部に観覧者が入らないように柵を設けたのだ。高山善行(2005)の主張する演繹はこのような考えです。つまりライオンの側に原因があるとするのです。

演繹とは前提から必然的に結論が導かれることです。ライオンがある領域から外へ出られないから柵を設けて領域の内部へ人が入らないようにしているのではなく、柵を設けたからライオンが領域の外へ出られないのです。それと全く同じように、「む」が現実を表現できないから「む」に非現実を表わす意味があるのではなく、「む」に非現実を表わす意味があるから「む」が現実を表現できないと考えるべきです。

高山善行(2005)は「む」には現実を表現できない性質があり、その性質のために「む」が非現実を表わすと考えているようです。これは萬葉学会の査読者が構文に意味が付加されると考えたのと似ています。しかし言語はそのような超自然的なものではありません。言語学は実在するものを扱う経験科学です。

そもそも経験科学が演繹により新知見を得ることはあり得ません。演繹は前提の中に存在していたものを取り出す操作です。もしも演繹で経験科学上の新発見があるとしたら、前提の中にあったものを見落としていたということです。

いつものおまじないを書いておきます。こういう常識をわざわざ書かなくていけないのも情けなくはあります。

「公表された作品については、みる人ぜんぶが自由に批評する権利をもつ。どんなにこきおろされても、さまたげることはできないんだ。それがいやなら、だれにもみせないことだ。」

藤本弘(藤子・F・不二雄)氏の「エスパー魔美」からの引用である。「法華狼の日記」さんのサイトに詳細な解説とそれに対する読者の反論と議論がある。セリフに漢字が少ないことから窺えるように、この漫画は小中学生を読者と想定したものである。自分の論文が批判されて怒っていたら理系の研究者はやっていられない。相互批判は学問の共同体の当然の権利であり、それが学問を発展させるのである。この当然すぎる常識を萬葉学者たちが受け入れてくれることを祈る。

※ このブログの記事のことは萬葉学会にメールして以下の伝言を高山善行氏に伝えるようお願いしました。宛先には萬葉学会編集委員長の関西大学の乾善彦氏も入れてあります。ですから必ず伝わっていることと思います。伝言の部分を再掲します。


高山善行殿

高山善行(2005) 「助動詞「む」の連体用法について」 『日本語の研究』  1(4), 1-15, 2005の問題点を次の記事で論じています。

高山善行(2005)の問題点(1) 演繹でない推論
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-2.html

高山善行(2005)の問題点(2) データの整理が不適切である
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-3-20052.html

高山善行(2005)の問題点(1再) 演繹でない推論(つづき)
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-4-20051.html

高山善行(2005)の問題点(3) モダリティの理解不足
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-5-20053.html

高山善行(2005)の問題点(4) 主観と客観の混交
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-6-20054.html

今後も継続する予定です。上記記事並びにその継続記事に対して意見があればコメントまたはメールにて連絡をお願いします。



参考文献
山田孝雄(1908)『日本文法論』(宝文館)
山田孝雄(1936)『日本文法概論』(宝文館)
Reichenbach, Hans (1951) The Rise of Scientific Philosophy.
Popper, Karl (1959) The Logic of Scientific Discovery.
Popper, Karl (1972) Objective Knowledge: An Evolutionary Approach.
野崎昭弘(1980)『逆接の論理学』(中公新書)
北原保雄(1984)『文法的に考える』(大修館書店)
和田明美(1994)『古代日本語の助動詞の研究ー「む」の系統を中心とするー』(風間書房)
Palmer, Frank R. (1979) Modality and the English Modals.  飯島周訳『英語の法助動詞』(桐原書店)
Palmer, Frank R. (1990) Modality and the English Modals. 2nd ed.
村上陽一郎(1994)『科学者とは何か』(新潮社)
Palmer, Frank R. (2001) Mood and Modality, 2nd Edition.
高山善行(2002)『日本語モダリティの史的研究』(ひつじ書房)
安田尚道(2003) 「石塚龍麿と橋本進吉--上代特殊仮名遣の研究史を再検討する」 『国語学』 54(2), p1-14, 2003-04-01
山本淳(2003)「仮定・婉曲とされる古典語推量辞「む」の連体形」 山形県立米沢女子短期大学紀要 38, 47-62, 2003-06-30
高山善行(2005)「助動詞「む」の連体用法について」 『日本語の研究』  1(4), p1-15, 2005
Priest, Graham (2008) An Introduction to Non-Classical Logic, Oxford University Press.
Portner, Paul (2009) Modality (Oxford Surveys in Semantics and Pragmatics), Oxford University Press.
Cruse, Alan (2011) Meaning in Language: An Introduction to Semantics and Pragmatics (Oxford Textbooks in Linguistics) Oxford University Press. 
高山善行(2011)「述部の構造」 金水敏ら(2011)『文法史』 (岩波書店)の第2章
高山善行(2014)「古代語のモダリティ」 澤田治美編(2014)『モダリティ 1』 (ひつじ書房)に収録
高山善行(2016)「中古語における疑問文とモダリティ形式の関係」 『国語と国文学』 第93巻5号 p29-41

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