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2018年1月12日金曜日

TSONTS-21 高山善行(2005)を何故批判するのか(1) 科学の方法

Q1. なぜ高山善行(2005)を問題にしたのですか。
A1. 萬葉学会のP氏が言うには、私の論文には「モーダルな意味」と「構文的な理解」の説明がないからacceptできないそうです。私が理解していたmodalityと査読者のいう「モーダルな意味」が異なります。査読者の定義するmodalityは何かとP氏に尋ねましたが、満足な説明はありませんでした。

古典語のモダリティの論文は高山善行氏が多く書いています。そこで同氏の一連の論文を読んでみました。高山善行氏はFrank Palmerの著作など英米の文献を引用していますが、Palmerらの定義と異なる理解をしているようです。そこにすれ違いの原因があったのではないかと思いました。査読者のQ氏が高山善行氏と同一人物かどうかはわかりませんが、モダリティにかんしては同じような理解をしています。

「構文的意味」も高山善行(2002)を読み、そういう意味だったのかと気付きました。それについては別途書くことにします。

高山善行(2005)をとりあげたのは「演繹」の誤用です。高山氏だけに限りませんが、国語学の論文を読んで気付くのは遡及推論をあたかも論証の如く考える人のあることです。遡及推論とは結論から原因を推論することです。ロッカーの中のコートのポケットに入れたままの財布から金がなくなっていた。太郎が盗んだとすれば結果と整合する。従って原因は太郎が盗んだからだ。このような推論が正しくないのは言うまでもありません。論理学では後件肯定の論理的誤謬と言います。

前件が正しいならば後件が正しい
1 太郎が盗んでいるならば財布に金が無い

1が正しいなら対偶(後件否定)も真(正しい)です。

後件が正しくないならば前件は正しくない
2 財布に金があるならば太郎は盗んでいない

しかし、前件否定と後件肯定は間違いです。

3 太郎が盗んでいないならば財布に金がある
4 財布に金が無いならば太郎が盗んでいる

以上は中学の数学レベルですが、萬葉学者は意外と3が間違いであることに気付かないかもしれません。思考力というのは筋肉と同じで使わないと衰えて行きます。高校の数学レベルの次の問題はどうでしょう。この問題はGraham Priest (2008)からとりました。It is easy to check that the following inferences are valid.とあります。

(A∧B)⊃C ⊢ (A⊃C)∨(B⊃C)
(A⊃B)∧(C⊃D) ⊢ (A⊃D)∨(C⊃B)
¬(A⊃B) ⊢ A

上の式の記号は、∧は「かつ」、⊃は「ならば」、∨は「または」、¬は「でない」と読む。また⊢の記号は推論を表し、左側から右側が論理的に導けると言う意味です。演繹とは何かを判断するには少なくともこの程度の問題が解けなくてはいけません。

理系の人なら暗算で解けます。私も解けます。しかし、萬葉学者の大部分は解けないと思います。頭が悪いからですか。違います。訓練しないから鈍ってしまったのです。

未知の単語の意味を仮定して歌意や文意が通ればその意味が正しいとする方法が国語学の論文にしばしば登場しますが、その方法は上に述べたように論理的誤謬です。

5 連体形の「む」が非現実を表わすならば非現実を表わすと仮定して文意が通る
6 非現実を表わすと仮定して文意が通るならば連体形の「む」は非現実を表わす

上の5は正しい。しかし5の後件肯定の6は間違いです。国語学者の中には6のような推論を演繹と考える人があるようです。高山善行氏もその一人と思います。

このQAは田川拓海氏のブログの「金谷武洋氏への批判記事のまとめ、あるいはFAQ」を参考にしました。正確には金谷武洋氏への批判ではなく金谷氏の著書への批判です。理系の世界では研究者の人格とその意見を別に扱うことが厳しく躾けられます。金谷武洋氏の著書を批判するなら、いわんや高山善行氏の論文をや。国語学、日本語学の研究を担うのは国語学者、日本語学者です。彼らの著書や論文が与える影響は金谷氏の著書以上に大きいのです。さらに、「言語学のような経験科学」において演繹で新しい発見が為されることはありません。演繹は前提の中から結論を取り出す操作です。新しいものを生み出しようがありません。そのような間違った方法論は国語学の健全な発展を阻害します。この二点から、いわんや高山善行説をや、となるのです.

いつものおまじないを書いておきます。こういう常識をわざわざ書かなくていけないのも情けなくはあります。

「公表された作品については、みる人ぜんぶが自由に批評する権利をもつ。どんなにこきおろされても、さまたげることはできないんだ。それがいやなら、だれにもみせないことだ。」

藤本弘(藤子・F・不二雄)氏の「エスパー魔美」からの引用である。「法華狼の日記」さんのサイトに詳細な解説とそれに対する読者の反論と議論がある。セリフに漢字が少ないことから窺えるように、この漫画は小中学生を読者と想定したものである。自分の論文が批判されて怒っていたら理系の研究者はやっていられない。相互批判は学問の共同体の当然の権利であり、それが学問を発展させるのである。この当然すぎる常識を萬葉学者たちが受け入れてくれることを祈る。

※ このブログの記事のことは萬葉学会にメールして以下の伝言を高山善行氏に伝えるようお願いしました。宛先には萬葉学会編集委員長の関西大学の乾善彦氏も入れてあります。ですから必ず伝わっていることと思います。伝言の部分を再掲します。


高山善行殿

高山善行(2005) 「助動詞「む」の連体用法について」 『日本語の研究』  1(4), 1-15, 2005の問題点を次の記事で論じています。

高山善行(2005)の問題点(1) 演繹でない推論
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-2.html

高山善行(2005)の問題点(2) データの整理が不適切である
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-3-20052.html

高山善行(2005)の問題点(1再) 演繹でない推論(つづき)
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-4-20051.html

高山善行(2005)の問題点(3) モダリティの理解不足
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-5-20053.html

高山善行(2005)の問題点(4) 主観と客観の混交
https://introductiontooj.blogspot.jp/2017/11/to-sue-or-not-to-sue-6-20054.html

今後も継続する予定です。上記記事並びにその継続記事に対して意見があればコメントまたはメールにて連絡をお願いします。



参考文献
山田孝雄(1908)『日本文法論』(宝文館)
山田孝雄(1936)『日本文法概論』(宝文館)
Reichenbach, Hans (1951) The Rise of Scientific Philosophy.
Popper, Karl (1959) The Logic of Scientific Discovery.
Popper, Karl (1972) Objective Knowledge: An Evolutionary Approach.
野崎昭弘(1980)『逆接の論理学』(中公新書)
北原保雄(1984)『文法的に考える』(大修館書店)
和田明美(1994)『古代日本語の助動詞の研究ー「む」の系統を中心とするー』(風間書房)
Palmer, Frank R. (1979) Modality and the English Modals.  飯島周訳『英語の法助動詞』(桐原書店)
Palmer, Frank R. (1990) Modality and the English Modals. 2nd ed.
村上陽一郎(1994)『科学者とは何か』(新潮社)
Palmer, Frank R. (2001) Mood and Modality, 2nd Edition.
高山善行(2002)『日本語モダリティの史的研究』(ひつじ書房)
安田尚道(2003) 「石塚龍麿と橋本進吉--上代特殊仮名遣の研究史を再検討する」 『国語学』 54(2), p1-14, 2003-04-01
山本淳(2003)「仮定・婉曲とされる古典語推量辞「む」の連体形」 山形県立米沢女子短期大学紀要 38, 47-62, 2003-06-30
高山善行(2005)「助動詞「む」の連体用法について」 『日本語の研究』  1(4), p1-15, 2005
Priest, Graham (2008) An Introduction to Non-Classical Logic, Oxford University Press.
Portner, Paul (2009) Modality (Oxford Surveys in Semantics and Pragmatics), Oxford University Press.
Cruse, Alan (2011) Meaning in Language: An Introduction to Semantics and Pragmatics (Oxford Textbooks in Linguistics) Oxford University Press. 
高山善行(2011)「述部の構造」 金水敏ら(2011)『文法史』 (岩波書店)の第2章
高山善行(2014)「古代語のモダリティ」 澤田治美編(2014)『モダリティ 1』 (ひつじ書房)に収録
高山善行(2016)「中古語における疑問文とモダリティ形式の関係」 『国語と国文学』 第93巻5号 p29-41

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