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2017年1月28日土曜日

ク語法の真実 その3 「言はく」は「言ふこと」か 仮説の検証

3.1 動詞に下接した場合
 ク語法の構造を仮説に従って検証する。まず、動詞のク語法の例をあげて、本稿の仮説に基いた口語訳を解釈として示す。口語訳は現代語として自然であることよりも、アクの意味を際立たせることを目的にして、上代語と現代語の単語を一対一に対応させた。

 アクの主語となる動詞の時制が現在の場合、「はっきりと知覚される」は状況に応じて「見える」「聞こえる」「匂う」「わかる」「知られる」「感じられる」「明らかである」などと訳す。また、主格と対格を入れ替えて、「ある事実がはっきりと知覚される」を「(人が)ある事実を実感する」などとも訳す。

3.1-1 寺々の女餓鬼申さく(申久)大神の男餓鬼賜りてその子産まはむ   万16-3840
解釈 あちこちの寺の女餓鬼が申すのがはっきりと聞こえる…。
 「申さく」は従来「申すこと」と口語訳されてきた。また、しばしば原文にない助詞を補って「申すには」とも訳されてきた。本稿の仮説に従えば、「女餓鬼申さく」は「女餓鬼申す(連体形)+アク(終止形)」である。連体形の「申す」の意味は前節で述べた行為のコトである。「申さく」は「申しているのがはっきりと知覚される」である。現代語らしく言い直すならば「聞こえる」あるいは「分かる」が相応しい。従来の口語訳でも歌意は通じるが、本稿の仮説にしたがったほうが、そこにク語法を使う積極的な意味付けが理解できると考える。

 「申す」と「申さく」の違いは、前者が伝聞や推定を含むのに対して、後者はそれが確かに存在することを話し手が近くで確認したことを強調する。このことから、アクが証拠性を担う助動詞であると断定してよいかは現時点で判断が付かない。口語訳はアクの意味を強調したが、上代人の語感と同じかどうか。証拠性云々は別にして、助動詞に近いものだったのかもしれない。

3.1-2 白真砂御津の埴生の色に出でて言はなくのみぞ(不云耳衣)我が恋ふらくは(恋楽者)   万11-2725
解釈 …言わない内容が知られるばかりである、私が恋していることが知られる場合は。
 連体形の「言はぬ」の意味は前節で述べた伝達される内容のコトである。

3.1-3 み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく(加欲波久)   万02-0113
解釈 …あなたのお言葉を持って通っているのがはっきりと分かります。

3.1-4 相思はずあるらむ子ゆゑ玉の緒の長き春日を思ひ暮らさく(晩久)   万10-1936
解釈 …[長き春日を]悩みながら日を送るのが明らかである。
 3.1-1と1-3、1-4のク語法のアクは終止形である。

3.1-5 直に逢はずあらく(阿良久)も多く敷栲の枕去らずて夢にし見えむ   万05-0809
解釈 直接会わないでいるのを実感することが多く…。

3.1-6 梅の花散らく(知良久)はいづくしかすがにこの城の山に雪は降りつつ   万05-0823
解釈 梅の花の散るのが見えるのはどこか…。
 3.1-5と1-6はアクに上接する動詞連体形が状態や動作を表わす。

3.1-7 めづらしき人に見せむと黄葉を手折りぞ我が来し雨の降らくに(零久仁)   万08-1582
解釈 …雨が降っているのが明らかなのに。

3.1-8 萩の花咲きのををりを見よとかも月夜の清き恋まさらくに(益良国)   万10-2228
解釈 …益々(萩が)好きになるのが明らかなのに。
 3.1-7と1-8はアクの連体形に助詞の「に」が下接した例である。

3.1-9 我がここだ偲はく(斯努波久)知らに霍公鳥いづへの山を鳴きか越ゆらむ   万19-4195
解釈 私がこれほど思い慕っているのが明らかなのを知らないで…。

3.1-10イ …前つ戸よい行き違ひうかがはく(字迦々波久)知らにと… 古事記歌謡22
3.1-10ロ …己が命を殺せむとぬすまく(農殊末句)知らに… 日本書紀歌謡18
3.1-10ハ …大き戸よりうかがひて殺さむとすらく(須羅句)を知らに… 日本書紀歌謡18(一云)
解釈 それぞれ、窺っているのが、盗もうとしているのが、殺そうとしているのが、明らかなのを知らないで…。
 3.1-9と1-10は「知らに」の前にク語法を使用することで話し手の憤りが感じられる。

3.1-11 天下の公民を恵び賜ひ撫で賜はむとなも、神ながら思しめさく(佐久)と詔りたまふ天皇が大命を、諸聞きたまへと詔る。 続日本紀宣命 第1詔
解釈 …[神ながら思しめ]すことが明らかであると…。
 3.1-11のアクも終止形である。これを自動詞と考えたのはここに敬語がないためであるが、助動詞化しているのかもしれない。


3.2 打消しの助動詞に下接した場合の一 単純否定と逆接
 万葉集には約150例の「なくに」の形のク語法がある。いくつかを引用し、本稿の仮説に従った解釈を述べる。

3.2-1 宇治間山朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに(有勿久尓)    万01-0075
解釈 …衣を貸してくれる娘もいないことが明らかなのに(知りながら寒く吹くのか)。
 上代語の「に」は単なる接続助詞であって、順接や逆接の意味を持たない。順接や逆接が問題になるのは口語訳のときである。現代日本語では順接か逆接かのどちらかを選択しなければならないからである。具体的には「ので」か「のに」となる。ここで後者を選択したのは、次の理由による。
 
 この歌が否定的事実の「あらぬ」が明らかであると強調するのは、聞き手(この場合は風)がその事実の逆の「あり」と誤解しているかもしれない(と話し手が考えている、あるいは考えていることにしている)からである。そのような場面を現代語で表現する場合には逆接の接続詞が選択される。
 打消しが用いられるのは、「そうでないことが明らかである」という相手の誤解の可能性を否定するためである。現代語の肯定で使われる「全然」(誤用とされる)が正にその例であろう。「全然良い」は「良くない」と聞き手が思っている(と話し手が考えている)ときに限り使用される。「全然」そのものに否定の意味はないが、否定とともに用いられる副詞であるから、その使用は話し手の否定的な意図を表わす。

 以下、話し手に聞き手の誤解を否定しようとする意図があると思われる例をあげる。
3.2-2 苦しくも降り来る雨か3輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに(不有国)    万03-0265
解釈 …雨宿りする家もないことが明らかなのに。

3.2-3 軽の池の浦廻行き廻る鴨すらに玉藻の上にひとり寝なくに(宿名久2)    万03-0390
解釈 …鴨でさえ藻の上に独りで寝ないことが明らかなのに。

3.2-4 春なればうべも咲きたる梅の花君を思ふと夜寐も寝なくに(祢奈久尓)    万05-0831
解釈 …梅の花よ、あなたを思って私が夜も寝ないでいることが明らかなのに。

3.2-5 滝の上の3船の山に居る雲の常にあらむと我が思はなくに(不念久尓)    万03-0242
解釈 …雲が常にあると私が思っていないのが明らかなのに。

3.2-6 明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに(不有国)    万03-0325
解釈 …思い忘れてしまうような恋でないことが明らかなのに。
 
 以上の「なくに」はすべて逆接の「ないのに」と訳された。


3.3 打消しの助動詞に下接した場合の二 二重否定と逆接
 次に、2重否定の例をあげる。

3.3-1 吾が大君ものな思ほし皇神の継ぎて賜へる我なけなくに(莫勿久尓)   万01-0077
解釈 …[継ぎて賜へる]私がいないのでないことが明らかなのに(いないとお思いかもしれませんが)。

3.3-2 今さらに君はい行かじ春雨の心を人の知らずあらなくに(不知有名国)   万10-1916
解釈 …春雨の(あなたを帰さないために降る)気持ちに人が気付かずにいないのが明らかなのに(それでも帰ろうとするのは気付いていないからですね)。

3.3-3 ま葛延ふ小野の浅茅を心ゆも人引かめやも我がなけなくに(莫名国)   万11-2835
解釈 …私がいないのでないことが明らかなのに。

3.3-4 思はずもまことあり得むやさ寝る夜の夢にも妹が見えざらなくに(美延射良奈久尓)   万15-3735
解釈 …お前の姿が夢にも見えていないのでないことが明らかなのに。

 二重否定が用いられるのは相手が否定している事実を更に否定して肯定するためと考える。つまり、最初の否定は相手の誤解であり、次の否定はその誤解の否定である。そのような心理がなければ二重否定でなく「あらくに」「知らくに」などと肯定で表現したであろう。


3.4 打消しの助動詞に下接した場合の三 単純否定と順接
 次のような場合は順接に訳される。

3.4-1 月読の光りに来ませあしひきの山きへなりて遠からなくに(不遠国)    万04-0670
解釈 …遠くないのが明らかなので。

3.4-2 ちはやぶる神の社に我が懸けし幣は賜らむ妹に逢はなくに(不相国)    万04-0558
解釈 …返していただきましょう、恋人に会わないのが明らかなので(願を掛けたが、その通りにならなかったことが明らかなので)。
 現代日本語はこのような場合に可能動詞を使って「会えない」と言う。「会えないのが明らかなので」と訳すべきかもしれない。

3.4-3 渡り守舟早渡せ一年にふたたび通ふ君にあらなくに(有勿久尓)    万10-2077
解釈 …早く船を出して渡してください、一年に二度通ってくる君でないのが明らかなので。

3.4-4 愛しと我が思ふ妹は早も死なぬか生けりとも我れに寄るべしと人の言はなくに(云名国)    万11-2355
解釈 …人が言わないのが明らかなので。

以上は命令の理由を説明する状況である。


3.5 打消しの助動詞に下接した場合の四 単純否定と終止形
 次に「に」の付かない終止形のアクを用いる「なく」を検討する。以下の用例の「知る」は有坂秀世1940が述べるように自動詞であろう。この「知る」の口語訳は「分からない」が相応しいと考える。

3.5-1 岩戸破る手力もがも手弱き女にしあればすべの知らなく(不知苦)    万03-0419
解釈 …(手弱女であるから腕力に頼らないとすれば)どうして良いか分からないのが明らかである。

3.5-2 春の雨はいやしき降るに梅の花いまだ咲かなく(未咲久)いと若みかも    万04-0786
解釈 …まだ咲かないことが明らかである(見ての通り確認されている)…。

3.5-3 茂岡に神さび立ちて栄えたる千代松の木の年の知らなく(不知久)    万06-0990
解釈 …樹齢が分からないのが明らかである。

3.5-4 天の川去年の渡り瀬荒れにけり君が来まさむ道の知らなく(道乃不知久)    万10-2084
解釈 …(荒れてしまったので)道が分からないのが明らかである。

3.5-5 はろはろに鳴く霍公鳥我が宿の植木橘花に散る時をまだしみ来鳴かなく(奈加奈久)…    万19-4207
解釈 …(ホトトギスが)来て鳴かないことが明らかである。
 

3.6 形容詞に下接した場合
 以下、形容詞のク語法を検討する。感情や感覚がはっきりと知覚されることを「実感する」と、形状や状態がはっきりと知覚されることを「はっきりしている」と機械的に訳す。前者は「強く感じる」「つくづく思う」など、後者は「明らかに…」などの代案も考えられるが、いずれが上代人の語感に近いか。

3.6-1 …痛けく(伊多家苦)の日に異に増せば悲しけく(可奈之家口)ここに思ひ出 いらなけく(伊良奈家久)そこに思ひ出 嘆くそら安けなく(夜須家奈久)に…    万17-3969
解釈 …痛みを実感することが日ごとに増すと悲しみを実感する。ここで思い出して辛さを実感する。そこで思い出して嘆く心が静まらないのを実感するが…。

3.6-2 玉津島見てしよけく(善雲)も我れはなし都に行きて恋ひまく思へば    万07-1217
解釈 …良いと実感することも私にはない…。

3.6-3 恋しけく(恋家口)日長きものを逢ふべくある宵だに君が来まさずあるらむ    万10-2039
解釈 恋しさを実感する日が長いものだが、逢うのが当然であることが明らかな宵でさえ…。

3.6-4 我が命の長く欲しけく(欲家口)偽りをよくする人を捕ふばかりを    万12-2943
解釈 …長生きをしたいと実感している…。

3.6-5イ …前妻が肴乞はさば立柧棱の実の無けく(那祁久)をこきしひゑね 後妻が肴乞はさば柃(いちさかき)実の多けく(意富祁久)をこきだひゑね…     古事記歌謡9
3.6-5ロ …前妻が肴乞はさば立柧棱の実の無けく(那鶏句)をこきしひゑね 後妻が肴乞はさば柃(いちさかき)実の多けく(於朋鶏句)をこきだひゑね…     日本書紀歌謡7
解釈 …実の無いのがはっきりしているのを…実の多いのがはっきりしているのを…。

3.7 「し」に下接した場合
 過去の事実が「はっきりと知覚される」というのは記憶が蘇えりその光景がはっきりと思い浮かぶことである。

 「しく」が「せく」とならないのは、単音節が理由ではないかと考える。母音の連続を避ける方法には、前の母音を落とす、後ろの母音を落とす、二つの母音が融合する、母音の間に子音を挿入する、の4通りの方法があるが、どれが選択されるかは現時点で明らかではないようである。

 ク語法の他の例はすべて母音が融合する。「し」にアクが下接した場合だけ、アクの母音が落とされる。回想の「き」の連体形とされる「し」は単音節語が由来であろう。一方、推量の「む」がかつては「あむ」であり、打消しの「に」(連用形)がかつては「あに」だったとするのは大野晋1955の説であるが、それが正しいとすれば、そちらは2音節である。これらの助動詞が動詞と完全に融合していない時代には、アクがついて「あまく」や「あなく」となっても元の語の半分の音節は残される。しかし、「し」が単音節であれば、「せく」となっては識別されにくい。また、単音節であれば、その音節にアクセントがあるので、それだけ音節の形を保ちやすい。そのために、「し」の場合に限り、アクの頭母音を落としたものと考える。

 同じことは、二段活用や上一段活用の連用形に「あむ」や「あに」が付いた場合にも言える。使役を表わす「す」や自発や受身を表わす「る」が二段活用や上一段活用、サ変、カ変に付いた場合に子音を介在されるのも同じ理由ではないだろうか。稿者は「し」の母音が2重母音であったとは考えない。その理由は新たな仮定に基づくため説明が非常に長くなる。別稿としたい。

 以下、「しく」を「はっきりと思い浮かぶ」と機械的に訳す。

3.7-1 住吉の名児の浜辺に馬立てて玉拾ひしく(拾之久)常忘らえず    万07-1153
解釈 …玉を拾ったことのはっきりと思い浮かぶその光景が長いこと忘れられない。

3.7-2イ 我が背子をいづち行かめとさき竹のそがひに寝しく(宿之久)今し悔しも    万07-1412
3.7-2ロ 愛し妹をいづち行かめと山菅のそがひに寝しく(宿思久)今し悔しも    万14-3577
解釈 …背中合わせに寝たことのはっきりが思い浮かぶのが今となっては悔しく思われる。

3.7-3 秋の野の尾花が末を押しなべて来しく(来之久)もしるく逢へる君かも    万08-1577
解釈 …来たことのはっきりと思い浮かぶその行為の効果も覿面で…。

3.7-4 夜のほどろ我が出でて来れば我妹子が思へりしく(念有49)し面影に見ゆ    万04-0754
解釈 …物思いに耽っていたことのはっきりと思い浮かぶその姿が(面影に見ゆ)。

3.7-5イ 道の後古波陀嬢子は争はず寝しく(泥斯久)をしぞもうるはしみ思ふ     古事記歌謡46
3.7-5ロ 道の後古波陀嬢子争はず寝しく(泥辞区)をしぞうるはしみ思ふ     日本書紀歌謡38
解釈 …共寝をしたことのはっきりと思い浮かぶのを…。


3.8 「む」に下接した場合の一 
 「む」が未来の事象を表わす場合は現代語にそれに相当する語がないので、動詞に直接下接した場合と同じに口語訳して問題ない。「む」が推量の場合は「はっきりと知覚される」よりも「に違いない」が現代語として相応しい。意志の場合は「したいと強く感じる」と機械的に訳す。

3.8-1 我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまく(落巻)は後    万02-0103
解釈 …[古りにし里に]降るのが見られるのは後である。

3.8-2 あしひきの山の黄葉にしづくあひて散らむ山道を君が越えまく(超麻久)    万19-4225
解釈 …山道をあなたが越えて行くのが目に浮かんでいます。
 3.8-1と8-2の「む」は未来に実現することである。

3.8-3 草枕旅の宿りに誰が嬬か国忘れたる家待たまく(家待真國)に    万03-0426
解釈 …家族が待っているに違いないのに。

3.8-4 絶えず行く明日香の川の淀めらば故しもあるごと人の見まく(見國)に    万07-1379
解釈 理由があると人が見るに違いないが。
 3.8-3と8-4の「む」は推量であろう。

3.8-5 母刀自も玉にもがもや戴きてみづらの中に合へ巻かまく(阿敝麻可麻久)も    万20-4377
解釈 …髪の中に入れて巻きたい気持ちが強く感じられる。

3.8-6 我が家ろに行かも人もが草枕旅は苦しと告げ遣らまく(都気夜良麻久)も    万20-4406
解釈 …旅は苦しいと連絡してやりたい気持ちが強く感じられる。
 3.8-5と8-6の「む」は未来でも推量でもなく願望と考えたい。


3.9 「む」に下接した場合の二 「欲り」「欲し」「惜し」が下接する場合
 「まく欲り」「まく欲し」の上接語は「見る」が圧倒的に多く、他に「聞く」や口に出す意の「かく」が約1例ずつある。見る対象や聞く対象がはっきりと知覚されることは見ることや聞くことと同義である。また、自身の行為をはっきりと知覚することはその行為の実現に他ならない。事実、「見まくほり」「聞かまくほり」は「見たい」「聞きたい」と、「懸けまくほり」は「叫びたい」などと口語訳されてきた。

 他に「まく惜し」があるが、これも上接の動詞が表わす事象が実現されてはっきりと知覚されることが「惜し」の対象である。上接語は「散る」が多い。従来どおり「するのが惜しい」と口語訳して問題ない。

3.9-1 見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに    万02-0164
解釈 会いたい(会うことの実現を私が願う)あなたもいないのが明らかなのに…。

3.9-2 …霍公鳥いまだ来鳴かず 鳴く声聞かまく欲り(伎可麻久保理)と朝には門に出で立ち夕には 谷を見渡し恋ふれども1声だにもいまだ聞こえず    万19-4209
解釈 …「鳴く声を聞きたくて」と…。

3.9-3 …問はまく(問巻)の欲しき我妹が 家の知らなく…    万09-1742
解釈 …問うことが実現するのが望まれるあの子の家が分からないことが明らかだ。
 意訳すると、聞いてみたいあの子の家が分からないことに気付いた。

3.9-4 梅の花散らまく(知良麻久)惜しみ(怨之美)我が園の竹の林に鴬鳴くも    万05-0824
解釈 梅の花が散る(のを実感する)のが惜しくて…。

3.9-5 ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく(荒巻)惜しも    万02-0168
解釈 …荒れる(のを実感する)のが惜しい。

(つづく)

 最後に重要な注意点があります。ネットは著作権を放棄したと考える人もいるようですが、それは違います。また、著作権が放棄されたものならば無断引用は可能と考える人もいるようですが、それも違います。その点、十分にご注意ください。本ブログのすべての記事および本稿の著作権は著者である江部忠行が保有するものです。殆どの人にこのような注意書きが不要なのですが、ほんの僅かな人がいるために書かなくてはなりません。まあ、そういう裁判を起こせばこの研究が注目されるかもしれないというメリットはあります。

参考文献
Aston 1877 A grammar of the Japanese written language, 2nd ed. (古田東朔1981による)
Aston 1904 A grammar of the Japanese written language, 3rd ed. (カリフォルニア大学のサイトで閲覧)
有坂秀世1940 「シル(知)とミル(轉)の考」 『国語と国文学』 『国語音韻史の研究 増補新版』(1957 三省堂)に収録
有坂秀世1944 「国語にあらはれる1種の母音交替について」 『国語音韻史の研究』 (明世堂) 『国語音韻史の研究 増補新版』(1957年 三省堂)に収録
金田一春彦1950 「国語動詞の一分類」 『言語研究』(名古屋大学) 15     『日本語動詞のアスペクト』(1976 むぎ書房)に収録
金田一春彦1955 「日本語動詞のテンスとアスペクト」 『名大文学部研究論集』(名古屋大学) 10 文学 4 『日本語動詞のアスペクト』(1976 むぎ書房)に収録
大野晋1955 「万葉時代の音韻」『万葉集大成 6言語編』(1955 平凡社)
大野晋1957 「校注の覚え書」 『日本古典文学大系 万葉集1』(1957 岩波書店)
北條正子1973 『品詞別日本文法講座 10 品詞論の周辺』 (1973 明治書院)
井手至1964 「ク語法(加行延言)アクの説は悪説か」 『国文学 解釈と鑑賞』 29年11号
井手至1965 「万葉集のク語法」 『人文研究』 16(3)大阪市立大学
木下正俊1972 「なくに覚書」 『万葉集研究 第1集』(1972 縞書房)
Bernard Comrie 1976, Aspect, Cambridge University Press
古田東朔1981 「外の人々から見たク語法」 『香椎潟』 26 福岡女子大学山田小枝1984 『アスペクト論』(三修社)
日本国語大辞典 第2版(2001 小学館)
山口佳紀2009 「家持歌『悲しけくここに思ひ出』考」 『美夫君志』 79号 『古代日本語史論研究』(2011 風間書房)に収録
金水敏2011 『文法史』(2011 岩波書店)
小田勝2015 『古典文法総覧』(2015 和泉書院)

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