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2019年9月1日日曜日

JBJ-01 上代文学会事件 その一 説得力という非科学的な基準

上代文学会が東京地裁に提訴されていた。学会の口頭講演会への発表の申し込みを正当な理由がなく被告が拒否したためという。事件番号は平31(ワ)6492である。

裁判の資料は誰でも閲覧できる。メモは可能だが、機械複写には許可が必要である。著書やブログでメモの内容を引用すること、意見を述べることも自由と言う。

被告(上代文学会 代表 品田悦一氏)は発表が満たすべき要件を
1 新規性
2 根拠
3 説得力
と言う。

科学技術論文の場合は一般に、新規性、独創性、影響力が問われる。新規性は内容が新しいこと、誰かが既に述べたことを繰り返しても意味がない。今さらメンデルの法則を発見したと言っても学術論文や学会発表の価値がない。独創性や独自性は他人の成果の剽窃でないということ。影響力は発表の時点ではわからない。したがって、それが正しかった場合に研究史に与える影響が大きそうだという予想が可能なことである。 

日本語学会の論文審査の評価基準
 1.内容に十分な新規性があり,独創的な知見を含むこと。
 2.その重要性から当該分野に相当の影響を与える可能性があること。
 3.論証過程が明快で,論理に客観性があること。
 4.先行研究を適切に参照していること。
 5.資料・データの量が必要十分であり,適正に取り扱われていること。
 6.用語・表現が適切で第三者にもわかりやすいこと。

という。新規性、独創性、影響力の当該部分を太字にした。そこに「説得力」という項目はない。この奇妙な基準は万葉学会の乾善彦氏や上野誠氏も口にした。民事調停の席上調停員から伝え聞くところによると、私のク語法の論文の投稿には「説得力がない」という。

説得力は科学者、研究者が使う言葉ではない。このことは以前の「三段論法と二段論法」に書いた。以下、アリストテレースの文章から小生の訳を載せる。

 
(理由として)次に、ある種の人たちを説得するとき、たとえこれ以上にないほど正確で系統だった知識があったとしても、彼らをそのような知識を用いて説得するのは簡単でないことに気付くはずである。系統だった議論は論理的に厳密な証明を用いるが、そのような人たちの場合は論理的な説明が通用しないからである。トピカで述べたように、大衆と話すとき、証明や論証は誰もが受け入れられる原理に基かなくてはならない。

簡単に言えば、古代ギリシアの哲学者や今日の科学者や研究者が真理を探究する方法は論理であり、政治家や詩人が大衆を説得する方法がレトリックである。学術論文にレトリックは不要である。むしろあってはならない。

日付が変わる時刻になった。続きは明日書く。





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